つぶやき on a hill

読んだ本やら、趣味の話やらを徒然なるままに書いていきます。

リーダーの少しの働きかけでチームのパフォーマンスは大きく変わるのではと感じた話

はじめに

表題の

  • リーダーの少しの働きかけでチームのパフォーマンスは大きく変わるのでは

と感じた話を、備忘の意味も込めて書きたい。

背景

私のチームは、社員: 約25名、協力社員: 約25名の、合わせて50名のメンバーで成り立っている。 協力社員の方に関しては、業務委託という形態を取っていることもあり、「指示された業務を行う」というスタイルでの仕事が基本である。

一方、私は、チームの方針として、社員とか、協力社員とかに関係なく、

  • 誰もが一人称で考え、発言し、行動する
  • そのように考え、発言し、行動するからこそ、人として成長する
  • そのようにして、それぞれが自らの市場価値を上げよう

というものを掲げており、かつ、定例のミーティング等でも、節目、節目でそのように発信してきた。

とは言え、この方針みたいなものについて、全ての協力社員の方と1対1の形で話す機会を設けてこなかった。

※ 今、思うとかなりの失態だったなと思う…

本題: 「ちょっとした働きかけでこんなに変わるんだ!」と感じた話

先日、何かの拍子に思い立ち、何人かの協力社員の方と30分ほど話をした。

要約すると、

  • (相手の方)やはり受け身の姿勢になる場合が多い。それに慣れているし。
  • (私)もっと主体的に考えて、発言して、行動してもらっていいですよ。障害があれば、教えてください。
  • (相手の方)ですよね。頑張ります。

ぐらいの内容であり、それぞれの思いとか、背景とかを含めて、30分ほど話をしただけである。

たったそれだけのことだが、その後、その方々(実は複数人いて、同じ協力会社の方々)は、毎週、自主的な打ち合わせを行い、チームをどう良くしていくかを話し合い、かつ、実践しようとしているようである。

また、外のイケてるチームの話を聞き、それをまとめた上で、チーム内で自分たちはどうするかを話し合うという営みも始めたらしい。

「え?あの30分で、そんなに変わるの?」と感じるとともに、「1対1で話すことをさぼっちゃいけないな」と猛省しました…

この辺りの「コミュニケーションのやり方」の勘所を理解し、適切に実践することで、チームの生産性はめちゃめちゃ上がるのではと思います。(と言いつつ、「こうやればいい」とパシッと言えるわけではないのですが…)

アート思考について

今日は、最近、ちらほら耳にする「アート思考」について書いてみたいと思う。

アート思考とは、

  1. 「自分だけのものの見方」で世界を見つめ、
  2. 「自分なりの答え」を生み出し、
  3. それによって「新たな問い」を生み出す

ということらしい。

これだけだと、「なんのこっちゃ」という感じだが、「13歳からのアート思考」(著者: 末永 幸歩)を読んで、なんとなくわかった。

要するに、「アート」とは、

  • 常識に囚われず、あるいは、他人が決めた正解に囚われず、自分なりの視点で考え、自分なりの答えを出すこと

ということらしい。

この「13歳からのアート思考」という本には、現代アートにおける「常識に囚われず、自分なりの視点で考え、自分なりの答えをだす」という作品が6つほど挙げられている:

  • (特に色に関して)目に映る通りに書くことから解放したマティス
  • 遠近法的なものの見方から解放したピカソ
  • 具象物を描くという暗黙の了解から解放したカディンスキー
  • アートは美しいという常識から解放したデュシャン
  • アートは「何らかのイメージを映し出すもの」という役割から解放したポロック
  • アートとアートでないものの境界をなくそうとしたウォーホル

最近の芸術家はそんなことを考えていたのかという純粋な学びとともに、「アート」ってそういうことだったのかとわかった(気がする)

そして、今、ビジネスの世界で「アート思考」という言葉をちらほら耳にするのは、このVUCAな世の中においては、「常識」や「正解」にとらわれず、「自分の興味・好奇心・疑問」を皮切りに、「自分のものの見方」で世界を見つめ、好奇心に従って探究を進めることで「自分なりの答え」を生み出す人が活躍するよ、ということらしい。

そう言われると、これまでの人生で出会った「この人はすごいな」と感じる人は、独特な雰囲気やキャラクターを持っていて、「アート」をやっているんだなと思う。

自分は「アート」をやっているのだろうか。

この本を読む前の定義の「アート」に関して、そのセンスを自分に感じたことはあまりない。

人生や仕事も含めての「アート」や「アート思考」に関しては、そのような視点で考えたことがないので、よくわからないなとは思いつつ、自分なりのものの見方を大事にし、かつ、育てていきたいなと思った。

また、子育てにおいて、子どもの「アート思考」をつぶさないようにしないといけないと思うし、職場のチームにおけるチームメンバーのアート思考を伸ばしていきたいなと思う。

アウトプット読書のすすめ

この記事のテーマ

今日は、最近、始めてみた「アウトプット読書」なるものについて整理したい。

普通の「読書」の問題

基本的に本を読むのは好きである。昔からよく小説を読んでいた。

2011年ぐらいから、いわゆるビジネス書なるものもよく読むようになった。

ビジネス書は、読むと「なるほどな」と思うし、賢くなった気になる。

ただ、ひとつ問題を上げるとすると、「すぐ忘れる」という点である。

もちろん、ざっくりとどういうことが書かれているかは覚えているが、その本が伝えたかったエッセンスは、なかなか心に残らない。

最近は、その本の名前で検索すると、その本の概要を伝えるブログが見つかるので、それを読めば事足りる気もするが、やはり

  • せっかく読んだのに、あまり心に残らないと、読んだ意味が薄れるのでは?

という気がしていた。

解決策 → アウトプット読書

実は、数年前に米国に留学してから、無理して英語の本を読んでいる。

で、英語の本を読んだ場合、この「心に残らない」という事象がより顕著であることに気づいた。

母国語ではない英語で読んでいるから当たり前である。

心に残らないどころか、心に入りすらしていない可能性も高いというのが実状である。

で、それだと時間の無駄なので、

  • 本の要約を日本語でGoogle Documentに記載する

という作業をするようになった。

これだと、自分の言葉で置き換えないといけないので、必ず心に入る。素晴らしい。

と同時に、エンジニアとしての歩き方 - 都元ダイスケ IT-PRESS というブログでの「ブログを書こう」に触発されて、本で学んだことをブログに書くようになった。

「本で学んだことをブログに書く」となると、「要約を作る」という作業のさらに一段上の作業が必要となる。

なんせ人に伝えないといけないから、自分の考えや「何が大事か?」を整理しないといけない。

ここまでやると、さすがに心に残る。素晴らしい。でも、大変。

以上が、最近、始めた「アウトプット読書」である。

時間と労力はかかるが、「結局のところ、最も費用対効果が高い読書の方法では?」と思っている。特にビジネス書に関しては。

強いて問題を上げるとすると、読書をするのが少し億劫になるところ。

もちろん、ブログを書き終えた時の達成感は、それはそれでいいものだが。

人生って難しい。

"A technique for producing ideas"を読んだ

先日、James Webb Young の"A technique for producing ideas"を読んだ

とても薄い本で、英語でも半日で読める

金額も米国AmazonKindleで$1.89

安い


ここでは読んで思ったことを書いてみたいと思う。


この本によると、アイデアとは以下のStepsで出すものである、とのこと:

  • Step 0: アイデアとは、様々な情報の組み合わせである
  • Step 1: いろいろな情報を集める。専門的なものも、一般的なものも。取り出せるようにしておくことが大事。スクラップブックなど
  • Step 2: その様々な情報の組み合わせを探す。見方を変えることも大事。頭を振り絞る
  • Step 3: 頭を振り絞った後は、いったん離れる
  • Step 4: ある瞬間に閃く。新しいアイデア(様々な情報の組み合わせ)が生まれる
  • Step 5: そのアイデアをいろいろなヒトにぶつけ、批判してもらって磨き上げる

わかるような、わからないような感じである。

そもそも、アイデアを意図的に出そうと思って生きていないので、自分の中にアイデアを出す方程式を持っているわけもなく、「そう言われるとそうかな」というぐらいしか思わなかったということかと。

尚、個人的にアイデアというか、「これをやったら面白そう!」となるのは、以下の2つのパターンが多いかなと思う。

  • (1) 本を読んでいて、その中のアイデアを仕事やチームでやってみようと思うパターン
  • (2) 朝の寝起きに寝ぼけながら考え事をしていて、「あ、これやってみよう」と思うパターン

※ ちなみに、(1)と(2)は背反ではなく、組み合わせの場合も多い。

この本に記載されていることと、上記(1)と(2)は似たような部分があるのかなと思った。


で、「じゃあ、もっとアイデアを出すためにはどうするか?」に関しては、Step 1の「情報を取り出せるようにしておく」ということが大事かなと思った。

というわけでもないが、最近、

  • 面白いなと思ったWeb siteの記事は、自分なりのメモを付けて、Google documentにためておく
  • 読んだ本は要約し、かつ、できれば、感想文をブログに書く

ということをするようにしている。自分なりのスクラップブックのつもりである。


正直、「感想文をブログに書く」はかなり面倒臭いが、「書く」という行為は、自分なりの考えをまとめる上で便利なツールでもある。

「情報を取り出せるようにしておく」という意味ではやったほうがいいかなと思っている。

「教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術」を読んで

今日は、雨でどこにも行けなかったので、佐伯夕利子さんの「教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術」という本を読んでみた。

サッカーチームにおいても、教育現場においても、職場においても大事なことが書かれているなと思う。

その中でも、特に心に残った以下の2点について記載したい:

一人ひとりのコーチングを記録し、Reflectionを行う

端的に言うと、

  • 1人ひとりのコーチングをつぶさに撮影し、記録した。
  • そして、各コーチがその記録したものを振り返り、内省した。
  • メンタルコーチは、「こうするとよくないよ」とか「こうするべきだよ」といったアドバイスは一切しない。ただ、コーチが自ら気づけるよう導いた。

ということを行ったらしい。

これは、できる/できないはあるにせよ、大事な営みだなと思う。

やはりMeasurements/可視化は非常に重要で、それができないからこそ、人は変われない、ということかと思う。

自分の職場でも、できるなら実践したいなと思った。 (なかなか簡単に「撮影しましょう」とはならないので、難しいが。)

また、日本の教育現場でも、先生の教え方を変革するなら、まずは撮影して可視化し、先生自らが振り返る、という営みが有効なのだろうと思った。

サッカーと異なり、撮影時間が長くなるため、振り返りにも時間がかかりそうだが、そこは機械学習等を用いて、振り返るべきシーンを取り出して、振り返りやすくするのだろうと思う。

「言葉」のイメージを丁寧に合わせる

言葉はアクションを生む。アクションはパフォーマンスを生む。だからこそ、注意深く言語化する必要がある

という思想のもと、先頭の「言葉」のイメージを丁寧に合わせる必要がある、とのこと。

これも大事だなと思った。

例えば、「DevOpsをやろう!」となった場合に、その「DevOps」の言葉のイメージが合わないまま話してしまうことが多いなと思う。

※ DevOpsは一例で何でもいいが。

だからこそ、その言葉のイメージを合わせるための営みが重要だなと思う。

「ヒトは知っているものしか見ようとしない」

という記載もあったが、まさにその通りで、ヒトは、言語化されていないものは理解しようとしないので、DevOpsの言葉のイメージが共有されないまま「DevOpsをやろう!」と言っても、何も伝わらないのかなと思った。

「The Lean Startup」を読んだ感想

「The Lean Startup」を読んだ。 (厳密に言うと半年ほど前に読んだ。)

もはや古典に近いレベルで引用されていて、その考え方はもはや常識であるため、改めてここで書く必要はないかな、と思いつつ、心に残った部分を備忘録的に記載したいと思う。

Scientific Methodが必要

最近「まずはSmallでやろう」という言葉をよく聞く。

きっと、このLean StartupやAgile開発の考え方に影響を受けているのだと思う。

一方で、「まずはSmallでやり、Scientific Methodでその結果を検証しよう」という言葉は聞いたことがない。

また、「まずはSmallでやろう」の言葉とともに行われるアクションに「Scientific Methodによる検証」が伴うこともあまりないと思う。

そもそも、Scientific Methodによる検証には定量的な観測が必須になるが、その定量的な観測自体が非常に難しい場合が多い。だからこそ、Scientific Methodによる検証はおざなりになりがちである。

ちなみに、本の中では、Scientific Methodとは「仮説を立て、それを検証すること」と書かれている。仮説を立てて検証するからこそ、失敗を認識し、その失敗から学びが得られると。

逆に言えば、仮説を立てずに「Just do it.」を行ってしまうと、失敗もせず、何の学びもない、ということかと。

ついつい「まずはSmallでやろう」と言ってしまいがちだが、「まずはSmallでやり、Scientific Methodでその結果を検証しよう」と言うように心がけたいと思う。

「まずはSmallでやろう」という言葉に潜む危険

「まずはSmallでやろう」という人の中に、

  • 「まずはSmallでやろう」と言って、無難なことをする
  • そして、その後、忘れ去る
  • 結果的に何も変わらない

ということを繰り返す人がいることに気づいたので、自戒の念も込めてここに書いておきたい。

いわゆる、

  • 「Get out of your comfort zone!」ができない

  • 2流の技術者は、自分の技術に固執する(新しい技術に取り組めない)

という事象である。

この「まずはSmallでやろう」という人は、新しいことに取り組もうとする積極的な人、挑戦意欲の高い人に見えるから、より注意しないといけないと思う。

「まずはSmallでやろう」という人に気をつけよう

Genchi Genbutsu

ローマ字で書くと不思議な感じがするが、「現地現物」である。

言い換えるなら、「現場に出て、実際に見て理解する必要がある」とのこと。

2015年ぐらいに受けた人事の研修でも、「現場に出ろ」としつこく言われたのを覚えている。

肝に銘じたい。

行灯コードを引く

行灯コードを引くという行為が大事である。

異常があれば、すぐに止める。それを放置すると、あとで非効率になる。

2年前に受けた「System Dynamics」でも同様の考え方を学んだ。 (あのときもトヨタの事例だった気がするが…)

また、問題を解決するときに、Whyを5回言う。そうすることで、本質的な問題がわかる。

なお、Whyを5回ぐらい言うと、技術的な問題ではなく、Human managementの問題に行き着く。

これは日々の業務でも大事な考え方だなと思う。

特に、チームとして問題を解決する際の手法として当たり前のように実践されるようになると、チームとして強くなるんだろうなと思う。

「Whyを5回言う」という考えは、前から知っているが、実際に使ってみたこと、チームの議論の中で使ったことはあまりない。今度、使ってみたいと思う。

ありたい姿を描く

先日、山口周さんの講演を聞いた。

この記事では、その講演を聞いていて「なるほどな」と思った点をつらつらと書いていきたいと思う。

資本主義による問題解決の限界

下の図のように、問題を「問題の難易度」と「問題の普遍性」という二軸で整理すると、

  • A ⇒ B or D ⇒ C の順に問題を解いていく
  • Aはよいが、B, Dのところに資本主義による問題解決の限界が存在する

という話をされていた。

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言われてみると当たり前の話であるが、「そうだよな~」と納得した。

昭和の価値と令和の価値認識がずれている

また、以下の表のように、昭和の価値と令和の価値を対比して説明されていた。

こちらも「なるほどな」と思った。

尚、残念ながら、自分はかなり昭和の価値認識を持って生きているなと思う。

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ありたい姿を描く

この2点を話した上での「ありたい姿を描く」という話である。

ここが自分の中でのその講演のハイライトだった。

要するに、

  • 下図のように、ありたい姿と現状のGapが問題となる
  • ありたい姿が描けないと問題を認識することができない
  • あなたは「ありたい姿」を描けているか?

ということである。

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その一例として、

  • テスラのミッション: 化石燃料に依存しない世界を創る
  • トヨタのミッション: ひととものを安全に運ぶ

という2つを提示されていた。

「テスラとトヨタのどちらの問題/ミッションがより価値を生むか?」ということである。

「そういう『ありたい姿』を描けるからこそ、意味のイノベーションを起こし、生活文化、社会文化を変えていくことができる」というのがポイントである。

普段、何気なく生きてしまいがちだが、常にこの視点を持って生きていく必要があるなと思った。